
東洋紡がグローバル戦略を加速させる 拠点として選んだカタルーニャ州
10 May 2023
Business Investments
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繊維不況という長く険しい茨の道を抜け、繊維からケミカル、そしてライフサイエンスへと軸足を移しながら着実に地歩を固めてきた東洋紡。その自己変革の結実を国内外に強く印象づけたのが、2013年8月に公表された、スペイン・カタルーニャ州の診断薬・診断機器製造販売会社、スピンリアクトの買収だった。
スペインのなかでも産業革命で成功した歴史を持つカタルーニャ州には1980年代以降、日本からも自動車や化学関連などのメーカーが次々と進出し、その数は累計で200社を超える。近年ではライフサイエンス関連企業の進出先としても注目され、2018年にはカネカが乳酸菌研究開発企業(AB-Biotics SA)を、19年にはAGCが医薬品原薬製造会社(Malgrat Pharma Chemicals, S.L.U.)を、20年には東和薬品がジェネリック医薬品会社(Corporación Químico Farmacéutica Esteve, S.A.とPensa Investments, S.L.の2社)を買収した(AGCが買収に至る経緯については2021年のリポート「AGCのライフサイエンス事業の飛躍支えるプロビジネス人材の宝庫、カタルーニャ州」を参照)。さらにAGCは2022年4月、同拠点の約120億円の設備増強を決定した。(カタルーニャ州政府貿易投資事務所の英語ページにジャンプします。)
ではなぜ、東洋紡はカタルーニャ州の企業を買収先に選んだのか。そこには極めて理に適った目的があった。

M&Aでグローバル販売網と製造拠点を獲得
東洋紡はBtoB企業だが、アパレル素材や液晶ディスプレー用フィルムなど、消費者にも身近な製品で使われる素材を数多く製造している。ライフサイエンス領域では、新型コロナウイルスの遺伝子検査試薬を2020年4月に、体外診断用抗原検査キットを2021年7月に発売するなど、感染症診断のソリューションビジネスにも強みを持つ。
「当社グループのPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)研究の歴史は長く、30年以上になります」と東洋紡執行役員・バイオ事業総括部長の曽我部敦氏は話す。「PCR用酵素の販売は1989年に遡り、試薬の性能を高める補助タンパク質の開発なども含め、KODポリメラーゼのブランドで高い評価」を得ているという。
買収したスピンリアクトは1975年設立の会社だが、診断薬の製造・販売と診断機器の販売を主業務としており、東洋紡との相性がよい。バイオ海外営業部グループマネジャーの五味雄三郎氏は、2015年から5年弱、コーポレートプランニングマネジャーとしてスピンリアクトへの出向経験があり、買収前後の事情にも詳しい。
「東洋紡とスピンリアクトは買収以前から取引関係があり、営業面、技術面などでの交流もありました。2008年ごろから攻めの経営に転じた東洋紡では、海外企業とのアライアンスやM&Aを検討してきましたが、その中のひとつにスピンリアクトの買収案件がありました」(五味氏)という。
2013年8月1日発表の東洋紡のニュースリリースには買収目的として「スピンリアクト社の世界的販売網の活用」「製品ラインアップの拡充」「欧州での生産拠点の獲得」の3点が挙げられている。「買収当時、スピンリアクトは世界90カ国(現在は100カ国・地域)に販売網を持っており、東洋紡本体がカバーできなかった地域にアプローチできるようになりました」と、2020年4月からスピンリアクトの社長を務める服部静夫氏は買収効果について話す。
優秀な人材を確保できる
「スピンリアクトには信頼性の高い製品群があり、東洋紡グループの製品ラインアップが拡充できただけでなく、Made in EUのブランド効果も非常に大きかった」と服部氏は続ける。「カタルーニャ州は、EUはもちろん、北アフリカや中東へも地理的に近く、アクセス拠点として優れている。同じスペイン語圏の中南米とのつながりも深い。グローバル戦略の拠点として非常によい立地だと評価している」という。
社員の中には、南米ボリビア出身で、州内の名門IQS(サリア化学研究所、Institut Químic de Sarrià)を経て、スピンリアクトに入社した人もいる。スペイン語を母国語とする人は世界に5億人近くもいて、英語圏より1億人程度少ないだけだ※。
スピンリアクトの社員は現在、約130人。そのうち120人はスペイン人。南米、日本、ウクライナから来ている社員もいる。マネジメントクラスには英国留学者が多いため、英語でのコミュニケーションも容易だという。
買収時点でのスピンリアクトの業績は右肩上がりで、買収後も成長を続けてきた。服部氏は「今後R&Dの本格化を目指しており、人事担当や品質保証担当などでも中途採用を実施した」という。
バルセロナ周辺にはバイオ関連企業や医薬品関連企業、食品メーカーなどが多数立地しており、マネジメントクラスでも優秀な人材を確保しやすい。「診断薬では臨床テストが欠かせませんが、カタルーニャには高度な技術を持つ病院が多く、テストにも事欠きません」(服部氏)。同社では工場の拡張計画が進行しており、完成すれば現在の1.7倍の生産能力になるという。「バルセロナは最新のIT産業が集積しているため、工場DX(デジタルトランスフォーメーション)も非常に進めやすい」(同)という。カタルーニャ州政府は工場のデジタル化支援プログラムを提供しており、今回の拡張ではその支援プログラムも活用している。
日本人が暮らしやすい
スピンリアクトの本社が立地するのは、バルセロナ市内から100km強ほど北に位置するジローナ県のラ・ガロッチャ(La Garrotxa)地区。工場はここから東へ10kmほどのサン・エステヴェデバス(Sant Esteve de Bas)にある。バルセロナ市内からはどちらも車で2時間もかからないという。ラ・ガロッチャは4つの休火山に囲まれ、現代建築と自然とのコントラストにあふれた街で、ミシュランの2つ星レストランもある観光地だ。
服部氏は東洋紡の敦賀バイオ研究所長、診断システム事業部長兼バイオ事業開発部長なども歴任した、もともとは生粋の研究者で、東洋紡におけるバイオ関連の複数の製造特許出願者としても名を刻む。そんな服部氏にプライベートでの生活について聞くと「文句なし」と直球の返事が返ってきた。
「天気はいいし、交通も至便。治安もよくて物価も高くない。食事も非常においしい。休暇中に過ごす場所選びが楽しい」と賛辞の嵐だ。服部氏は赴任後の2年間はコロナ禍もあり、国内の出張などを除いてカタルーニャ州内からは出ていないという。「ジローナには中世の街並みが残っており、オニャール川沿いの風景やピレネー山脈の夕陽などは本当に美しい。若い人なら12月や1月でも、午前中に山でスキーを楽しみ、午後はビーチで日光浴をするといった楽しみ方もできます」(服部氏)
カタルーニャの人たちは、とにかくオープンマインド。「移民を受け入れる気質があり、対日感情もいい。そのうえ、出社すると朝からアクセル全開で仕事を始める」(同)。人的資本を大切にする東洋紡の社風は、スピンリアクトでも変わらない。コロナ禍が落ち着いたら、スピンリアクトの研究者と東洋紡のバイオテクノロジー研究所(福井県敦賀市)との人的交流も再開する予定だ。体外診断薬の総合メーカーとして、Made in Cataloniaのスピンリアクトの名は、着実に世界中に浸透していくに違いない。
東洋紡がカタルーニャ州を選んだ 5つの理由
- 世界的販売網の活用
- 製品ラインアップの拡充
- グローバル生産拠点とEUブランドの獲得
- 優秀な人材の市場流動性
- 工場DXを推進しやすい環境
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